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具体的な体験談


1990年僕は鳥取市の大手企業リコーマイクロエレクトロニクスのアルバイトを勤務態度不良で「休みが多い!」と叱られクビ同然で辞めた。

1993年11月、鳥取最大の工場・鳥取三洋の構内にあるテスコという工場の夜勤専属工員をしていた。仕事を休まなかった。三洋の昼の仕事に行かされた。

三洋で同僚が僕に向かって直立不動の最敬礼の姿勢を取るなど様子がおかしかった。

そこでテスコのM社長に夜勤への変更を頼んだら、「仲間はずれが悲しくって、ひとりぼっちが寂しくって」を3回連呼された。

現場に戻り様子がおかしい三洋の管理職に「様子がおかしいじゃないですか?」と聞いた。すると彼はテスコのM社長と口裏を合わせたかのように「ひとりぼっちが寂しい」と言った。

テスコを辞めるよう電話を掛けた。三洋の管理職のKさんが電話に出た。「辞めさせてもらいたいのですが」「はい。どーぞ」。

こういう経緯でテスコを辞めた。

テスコに健康保険証を返しに行った時、M社長と話した。

M社長に「僕がリコーに報復した」という噂が伝わっていた。報復の方法は僕がリコーのバイトでは勤務態度不良で「休みが多い!」と叱られクビ同然で辞めたが、テスコでは休まずにに働いていることが報復になったという非現実的な論理だった。

M社長は僕に真顔で「社員にしてくれなかったを恨んでリコーに報復したのか?」とか「リコーが君の噂を流したからリコーに報復したのか?」と尋ねた。

その後M社長から泣きそうな声で雇用保険の書類を取りに来るよう電話があった。噂は嘘だと知ったのだろう。


雇用保険の手続きのため職安に行った。職員が「なぜ仕事を辞めた?」のかしつこく聞いた。ちょっとおかしいと思った。

2度目に職安に行った時、次長と相談した。次長は顔を合わせるなり、「職安が情報をもらしているそうだが」と言った。おそらく大手企業と職安は連絡を取り合っていたのだろう。しかしよほどのことがないと連絡を取り合うことはしないはずだ。

次長は最初「何も知らない」と言っていた。

埒が明かないので 「リコーに謝ってもらえませんか?」と言ってみた。

次長 「リコー内部で解決すべき問題であって君には関係ないじゃないか」
僕 「笑い話として話していいですか?」
次長 「聞きたくない! そんな話は誰も聞きたくない!」
僕 「高校の時の先生に相談しましょうか?」
次長 「いけない。両親に相談しなさい」
僕 「両親は事情を知らないから話しても意味がない」
次長 「事情は私が話してあげるから」

別れ際、次長は「しゃべるって誰にしゃべるんだ。こうなったのも種を播いたのは君なんだからな」と僕を睨みつけた。

何を口止めされたか、僕には分からないが。周囲の雰囲気からバレている。僕に口止めをしても無駄だ。


その後、職安の次長、父親を通じてリコーから「これからは真面目に働いてはいけないようにする。何もなかったことにする」という謝罪?があった。しかしその後揉み消し。

父親(すでに死去)は「リコーが三洋をそそのかした。何もかも忘れることだ」と言った。しかしその後「わしはそんなこと言っていない」と言うようになった。

父親は「わしに息子がおることを知っている者はおらん」と見え透いた嘘を断固と言い張るようになった。大手企業が僕の件を「知らん」と言っているのに同調したのでは?


「自転車に乗るな! 噂が広がる! リコーの揉み消しが失敗する! 車に乗って顔を隠せ!」と言われると思った。

朝夕のラッシュ時に同じ道を自転車通勤していれば、目立ち素性が知られやすい

その半年後父親の「人が忘れるまでしばらく待て」の制止を振り切り、、バイト先では社員が「車を買わんといけんな」と困ったように言うようになった。バイト先まで約3キロ。家では父親が「車を買え!」とよく怒鳴った。僕が冗談で「200万円ぐらいする車じゃないと恥ずかしくって乗れん」と言っても父親は「買ってやる」というのだ。それでも車を買わなかったら、父親は「車!おい!車買ったんか!」と腕で僕を殴った。「なぜ車を買わないといけないのか?」と聞いても口籠ってしまう。

バイト先ではリコーのことは履歴書にも書いてないし、誰にもしゃべっていない。にもかかわらず、アルバイトのSさんが「リコーのヤツに米村さん(僕の名前)のこと聞いたらおぼえてないだってさ」と言った。

どうも狭い鳥取市でリコーの件がある程度広まっているようだ。


その後あまりにおかしな事が続くので
1995年10月頃、リコーマイクロエレクトロニクスに苦情に行った。

リコーのIさんは「君が辞めて以来(1990年7月)、君の話は聞いた事がないだがー」と言っていた。
僕はIさんを問い詰めていると、唐突に話をそらし「職安の次長さんは何ていう名前だった~?」ととぼけた口調で言った。

職安のO次長は1993年問題発生直後僕に口止めした人物だ。
次長の事はOさんには言っていない。

Iさんは「君が辞めて以来君の話は聞いた事がない」と言いながら
なぜ職安の次長の事を言い出したのだ?

だいたい普通の人が職安の次長の名前なんか知っている訳ないだろ。
僕は、次長から口止めされたり、自宅に何度か電話がかかってきたので、Oという名前はよく覚えている。